「海外滞在は、定量目標をもって若いうちに長く楽しみなさい ~モントリオール在外研究の体験より~」EWE会報2016年3月号寄稿

鷲崎 弘宜,  “海外滞在は、定量目標をもって若いうちに長く楽しみなさい  ~モントリオール在外研究の体験より~”, 早稲田大学電気工学会(EWE)会報、2016年3月号.

大学の特別研究期間制度を利用して、若手ながらソフトウェア解析等に世界トップクラスの実績を持つYann-Gaël Guéhéneuc教授(モントリオール理工科大学École Polytechnique de Montréal)のもとに2015年10月から12週間滞在し、解析メタモデルの体系や要求追跡に成果を挙げた。在外研究先の選択戦略には、大御所を訪れてパイプを作るものと、若手のホープを訪れて一緒に「上がっていく」ことを目指すものの2種類がある。筆者は、後者を選んだ。

標題は、海外留学等を検討する読者に対して、本滞在に基づき贈る三つの助言である。

第一に、成果目標を定量化して公言すべきである。定量目標なくして、個人や組織の成長はない。特に海外滞在となると、留学にせよ研究にせよ、まずは現地への順応が必要となり、そこから多くの刺激と人的ネットワークを得て、一定の達成感を得る。それは貴重であるが、成果目標を見失いかねない。本滞在にあたり公言した成果目標は共著論文2編である。対する実績は、共著論文2編(ただし、うち1編は投稿手前の段階まで進めて帰国)、加えて国際会議共同提案1件、滞在先研究者を海外連携者とした公的資金申請1件、3大学における講演3件である。概ね目標達成と自己評価するが、工夫すればさらに質・量を高められたという想いはある。

第二に、若い時期の長い滞在が望ましい。筆者は現在3件の公的資金プロジェクト、7社以上との共同・委託研究、学外も含めて年10以上の講義コース、30名弱の研究指導、カリキュラム編成や就職支援等の様々な大学業務、さらにISO/IEC WG国際議長やIEEE Computer Society Japan Chapter代表、IPSJ国際AIプログラミングコンテストSamurAI Coding代表、国際会議委員長をはじめ多数のプロフェッショナル貢献に務めている。滞在中はこれらのうち、大学業務や講義負担について配慮をいただいた(御礼申し上げます)。他方、共同研究や研究指導は当然ながら責任をもって継続させる活動であり、それらへの影響を考慮して在外研究としては異例の短さとし、さらに安易な気持ちで学外貢献もそのままとした。結果、ほぼ毎晩ビデオ会議が2-4時間、加えてメールのやり取りの量は滞在前とほとんど変わらない日々となった。そこで目標達成のため、日本からの割り込みの少ない現地の金曜日から日曜日夕方まで集中して個別の研究作業を進め、月曜日以降に現地研究者との議論に持ち込むことを心掛けた。より若く責任や役職の少ない立場で長く滞在できると、心や体の余裕をもち、現地の生活もより楽しめたであろうと振り返る。

第三に、日々直面する困難さや理不尽さを楽しむというポジティブな姿勢が肝要である。特に海外滞在中は、自身の「常識」との相違により困難さを感じる機会が多い。裏を返せば、新たな視点や考え方に触れる機会である。現地研究者は筆者や指導学生によくEnjoy!と声をかけていた。モントリオールの人々のモットーが「人生楽しく」ということもあるのかもしれないが、筆者は、日常のみならず研究上の困難へのチャレンジを楽しむ姿勢とも解釈することとした。例えば意見の相違から調査範囲が膨大となり、途方に暮れたことがあった。ゼミ等の時間・場所の設定が、良く言えば柔軟、悪く言えばルーズであった。現地の建物は築50年などざらにあり、筆者の宿泊先アパートはあちこちにガタがきていてトイレに閉じ込められた時は本当に困った(が扉を打ち破って事なきを得た)。すべてEnjoy! である。

関連して大学の様子を紹介する。滞在先ラボは教授1名、助教2名、学生10名程度で構成される。週一回、毎回学生1名が自身の研究を紹介し、トータル1時間で丁寧に議論する。筆者も議論に加わり、新たな着想を得ることもあった。加えて、個別の会合を頻繁に持つ。ラボ内外で垣根が低く、約束なく訪れたり、あるいは廊下や食堂で自由闊達に教員・研究者・学生間で議論する空気があった(講義も同様)。結果として分野を超えた活発かつ独創的な研究に繋がっている。文化や研究スペースレイアウト等の違いはあるにしても、見習いたい。モントリオールには著名なマギル大など10程度の大学があり、研究者レベルで大学を超えた研究連携も見られた。

滞在先ラボの学生は、留学生が過半数であり国際色豊かであった。フランス語圏の国々に加えて中東・アジアからも増加傾向にある。在学中に研究を含めて学業成果に好評価を得て、良好な就職あるいはアカデミックキャリアを目指す意識が見られた。日本人留学生は、大学全体7000名中でようやく若干名である。同大学は世界的には必ずしも有名ではなく、フランス語圏に立地し学部教育がフランス語実施である点も影響しているかもしれない。しかし教育に定評があり、情報系等で世界的に優れた研究成果を挙げており、今後の留学生増加や活発な交流に期待したい。

以上、つらつらと体験を述べた。読者がもし海外留学等に行くべきか検討しているとしたら、迷わずにとっとと若いうちに行って長く滞在を楽しんでほしい。定量目標を忘れずに。

CQ7KFUPUYAAlnj0CSc7ngYVAAAEEXk